<ECLIPSE>

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なぜ、とまた問いたくなってくる。助けとか、救いとか、そういうものを自分にあてがうことはとうの昔に忘れた。癒されたいとか、慰められたいとか・・・私にはそういう気持ちが分からないから・・・ただ、誠実に、真っすぐに生きているだけだ。私は今、どんなことがあっても私の人生は正しいと言える何かを持っている。それはどういう言葉で表せばいいのかわからないにしても。それは自信でも、傲慢でも、まして強がりでもない。ただ全てを漸次肯定していけるという、予感のようなものかも知れない。

誰かが誰かに失礼な行為をするとして、それが人間の奥底に隠された本質であったとしても、それはたいした問題ではない。たいした問題ではないと言う私を、誰かが非難したりするだろうか。しかし実際、たいした問題だといって大騒ぎする人間ほど、本当にたいしたことだと思っていない。人間として関係を改善することや、寛容になることや、本当に正直になることや― そういうことをする前に、たいていの人間はもう閉じこもってしまっている。彼らには「善」という信念がない。目先の、自分の些細な感情だけで行動する。あとからどんなにでも言い訳できるように―

でも、言い訳というのは誤謬かも知れない。多くの人々が、後から見ればすべて正しかったのだということを立証するために、多くの努力を払う。しかしそうではない。私の中にある正しさ、私が持つべき正しさは常に今に基づいていなければならない。いや、そうでしかあり得ないのだ。

しかし私はあらゆる欺瞞の存在を知っている。けれどそれは私の外部にあるので、私が抱え込んでいるわけではない。悪や善の根本がどこにあるかなんて、そんなことはどうでもいいのだ。そう、本当にどうでもいいことだ。






;私は文体の精度というものを、気にしなくなったようだ。

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| 未分類 | 23:59 | トラックバック:0コメント:2
夢が覚めたら
今朝、何かとても幸せな夢を見た
それはたった5分で消えたけれど、その幸せはずっと続くような夢だった
私は、現実ではないからこそ優しい、夢というものを知った

「なぜ人は、こんなにも優しい気持ちになれるんだろう。」


― 私が言ったのかどうかは、覚えていない







| 未分類 | 21:10 | トラックバック:0コメント:0
追憶のかおり



「高校の時に使ってた香水は?」
そう聞かれて思い浮かべたとたん、あまりにもいろいろな記憶が鮮やかに流れ出した。あのとき、毎晩かけていた曲。黒髪が背中までのびて、前髪を短くしても、時間は決して巻き戻ったりしないのに。

長い髪に憧れた
夜に降る雨は好きだった

空を仰いで 手をたたいて
大地にキスをするよな
この思いが強いのなら 傷ついてかまわない


写真より何より、音楽と香りは記憶を呼び覚ます。空気の匂い、些細な言葉、感触まで・・・そのひとつひとつは何でもない風景であったり感情であったりするのに、それらが連なって体を駆け巡ると、強烈な感覚を与える。今、目の前にある全く別なものに、記憶が透けて見える―

思い出に香りをつける

人間はそうしていろいろなことを記憶しているのかも知れない


思い出すまで、全然使っていなかった香水。手首と首筋の脈に、軽く乗せる。ああ、甘く官能的な香りに酔う日々は去り―むせるような享楽の香り― 今ではしっとりと、体にまとえるようになった。それでもこの香りは、決して馴染まなかったあの頃の私を、思い出させる。









| 未分類 | 01:41 | トラックバック:0コメント:2



満ちているのに、満たされない感覚

キスでもセックスでも埋まらない

狂気




目覚める
戻ってくる

すこしづつ










| 未分類 | 23:03 | トラックバック:0コメント:0
甘えるな
自分をどこまで開示するかなんて、考えている自分にまた嫌気が差す。書くことは、墓穴を掘ることになるんだろうか、と。何かを予めはかって行動することは、私には不可能だと悟った。それは我儘にしか聞こえないにしても、そこまで頭が働かないのは事実だ。世の中を知らないのか、想像力が無いのか・・・?

書けることは私のほんの一部で、だけどすべてになる。私はそこで、常に欺瞞と誤解を招くリスクを背負う。しかしそれと同時に、共鳴を得る可能性を手にする。ここでは私は自由を手に入れるが、何かを怖れたままでいる。それは一種のいやらしさ、人間の関連性の根本にある虚偽だ。自分の身の置き場が分からないという、その在り方に対する疑問。私の中であらゆる矛盾が交錯する。

どのような在り方も、私には可能だ。否応無しにあちこちに引っ張られる感情を統制できるだけの理解はしていても、分からない。自分に対してどう在ればいいかは分かっていても、人に対してどうあるべきなのか。一様ではいられないことを知っていながら、私は一貫性を保とうと無駄な努力をしているのだろうか?私はすべてを持っていて、行動や思考を後付けで説明することなんていくらでもできる。けれどその前には、確固とした私なんていない。どのようにも演じられることを知った後で、何の役を演じたらいいのか分からなくなってしまった役者のように― 選べない。



機械仕掛けのオルゴール
| 未分類 | 00:43 | トラックバック:0コメント:1
贖罪
・大人になった背中や足の、たくましくしなやかな骨と肉

・書くことのいやらしさ。けれども書く必要がある。

・同情を避けようとして同情を買うという滑稽さ

・相対化の波に飲み込まれる自己

・情熱と資材の不均衡 ― 時間、お金、素質、機会?

・人に迎合しようとする精神

・常に満たされない心と体

・知識と知恵

・何も赦されはしない、理解されはしない ― ただ受け入れられるのみ

・それでも私は間違っていないと言える何かがある

・何も「はかって」いない

・魂の正しさ

・数量化される生産性;私は何も産まない

・ただ生きていられるという退屈さ、吐き気

・歪み










| 未分類 | 12:22 | トラックバック:0コメント:0
All or Nothing



世の中の全てから、見捨てられた感覚
それとも見捨てつつあるのだろうか?

孤独は容赦なく私を包み込み、世間に対する平衡感覚を失わせるけど、そんなものはもとから持っていない。失わせるというよりも、それを再確認するだけだ。そうしてバランスを崩した私は、均整の取れた孤独へと帰る。

こんな言葉さえも綴らなくなるだろうという予感に、強くなった自分に違和感を覚える。柔軟になりつつあるのか、硬直しつつあるのか― あまりにも弱い自分に眩暈がする。「私は誰にもよりかかったりしない。」― 矛盾すら孤独に溶解されていく。









| 未分類 | 00:41 | トラックバック:0コメント:0
人間の優しさ
痛みや悔しさ、恨みや嫉みの混じらない純粋な悲しみが溢れて、それを心の片隅にそっと置いている。その悲しみの存在を知り、その在りかを内包するような気持ち。それはどこにでもあることを知りながら、それに覆われてしまわないように守りたいという気持ち。ありとあらゆる悲しみは、息を潜めもせずに、堂々と人間に刻印を残すことを― 感じられるからこそ ―そして命の輪が連鎖し続けることを確信する。それはとても安らかな気持ち。


世界は満ちているという、最も切ない人間の生き方









| 未分類 | 22:08 | トラックバック:0コメント:4
Can you handle it ?





― Freedom














| 未分類 | 00:37 | トラックバック:0コメント:0
優しさの成分



人間の優しさが何でできているか

私はそれを悟った








| 未分類 | 16:36 | トラックバック:0コメント:7
真空
私の魂は、日に日にシンプルになっていく。そう感じる。
演じることはできない。選ぶこともできない。自分でもまったく予想がつかない。「それをしたところで、何になるだろう?」― 私はもはやそのように、予め意味を認めて行為することができなくなっている。流れでもなく、定めでもなく、それはひとつの予感にすぎない。私は飛び越したのだろうか、それとも後退したのだろうか。

可能性が開けて、私は自制を失った。水は高いところから低いところへ流れる。大きな衝撃。それまで自分の中にしか見出せなかったものを― 振り返ってはじめて目にしたような光や、夏の並木や、土のにおい、北斗七星などとしか共有できなかったものを― 人間の中に見た。私はそれまで、実際は驚くほど少ない書物しか読まなかった。書いてあることをいちいち「発見」する必要が?そこを通過する必要もなく、ひとり暖めてきたのだから。

私は何かを失ったか?・・・何も失いはしなかった。私はいつもすべてを持っていた。すべてこの中にあった。すべての結び目が解けて、そう、あの日みたいに― 歩けなくなっただけだった。私は自信を喪失したのでも、萎縮したのでもなく、崩壊した価値観の真ん中で、散らばった破片をおもちゃにして遊んでいる。立ち止まったことは幾度もあったが、再び歩み出したことも幾度もある。その一点のみが、人間の営みに組み込まれる可能性に希望を与える。

私は、真空で呼吸する。不可侵の静けさ。
私はただ透明に生きよう。







| 未分類 | 15:10 | トラックバック:0コメント:0
しなやかに












| 未分類 | 14:06 | トラックバック:0コメント:0
to be, and not to be
不毛の土地に種を撒くには
時を耐えて まず耕さねばならぬ

敵は人にあらず
繰り返し 自己に還れ




| 未分類 | 22:33 | トラックバック:0コメント:0
埋葬




― 私は人間の悪意というものを知った


  
  うまく忘れよ



  
  ただ、痛みのために目をつむり
  埋葬さる欠片に 花を手向けよう

| 未分類 | 23:43 | トラックバック:0コメント:2













空の空なる哉

  Vanity of vanities; all is vanity ― The Old Testament, "Ecclesiates"




















| 未分類 | 14:58 | トラックバック:0コメント:0
丁寧に生きたいと思う



食べること 歩くこと 眠ること

踊ること 泣くこと 息をすること

歌うこと 笑うこと 愛すること



丁寧に、生きたいと思う。









| 未分類 | 00:57 | トラックバック:0コメント:2
I Love Nancy - Fly to Beijing !
「と、そういうふうに考えてみたら、なんだかすごく楽しくなったんです。」

「そうですか、楽しくですか・・・」

「はい、つまり人間は苦痛を・・・悲劇や何かといったマイナスに映るものをなるべく避けようとして、自分に不幸がふりかかったりするとまるでこの世の終わりみたいに思うわけですが、それはちょっと違うんじゃないかな、と。」

「ほう、違うというと・・・」

「私はずっと感情の起伏が激しいと友人に言われ続けてきて、自分でもそう思っていたんです。今でもそれは変わらないと思います。特に難しいことに頭を突っ込んで考え込んでしまったり、醜いものやあさましいものを見たりすると暗くなりがちです。あと、面倒くさいことをやらなきゃいけないときとか。」

「そうですね、共感します」

「でも、日常生活のことで不機嫌になるのと、考えこんで深刻になるのとは全く異なることではないかと思いました。これにはゲーテの影響が大きいですが 笑、生活を無視した哲学とか、哲学を無視した生活とか、ひとりの人間にとってそもそもそんなことは成り立たないと思います。というか人生に起こる様々なアクシデントや細々したことや、関係のある人々は私という存在に直結しているんです。私は実際、そういう世界に生きていて、望めば環境は変えられますが、関わりの中で生きているということは変わりません。それに・・・」

「それに?」

「私の哲学や思想は、それを原材料としているように、つまり人間を扱っているという意味ですが― 不思議とそれは何者にも干渉を受けませんし傷も付かず、その中心はまるで穏やかなのです。私はそこで葛藤を続けていますが、日常の生活については悩んでいるだけで、物事の表面の条件とか成り行きとか損得とかはどつまるところどうでもよくて、実際はその奥深いところで魂に問いかけているのです。私にとって本当に大切なのはその部分でしかありません。」

「・・・」

「まだうまく説明できませんが 笑」

「いえいえ、続けてください、もっと聞きたいですね。それで、上機嫌でいることが重要だと?」

「はい。不機嫌というのは結局、私のこころの底で起こる魂のやりとりには関係がなくて、わがままや利己心や、そんなところから生まれているものだと分かったんです。そういう細々したことで友人たちと行き違ったりすることは― 特に親しい間柄では割と良くあることですが、そんなことは問題になりません。それにちょっとした言葉の行き違いや体調、天候、置かれている状況などのせいでいらいらすることは誰にだってあります。もちろんいらいらして怒りを噴出させたっていいと思います 笑。問題はマイナスの感情とかそれを持っていることではなくて、不機嫌な状態。または不機嫌に見える状態です。」

「なるほど、それで、不機嫌な状態をどうにかする方法が?」

「笑顔です。笑ってる人間に対して攻撃する人はそれこそ本当に弱い人間だと思います。そういう人たちに対しては、なかなか治らない不機嫌を暖かく見守ってあげるのもひとつのテではないでしょうか?別に何もないんだけど、なんとなくあの人はいつも楽しそう、みたいな感じがいいんじゃないかと。女の子は特に笑ってたほうがかわいいですし、男性もその方が魅力的です。しかも最近笑っていると自然にこころも笑ってくることを発見しました。」

「それは良い発見でしたね」

「はい。それで、なんだか気持ちが穏やかになったので、素直になれそうな気がして。いろんな人に気持ちを伝えたくなりました。」

「それで、皆さんと素敵な交流を・・・?」

「はい、楽しいです。でもひとり伝えそびれているんです。」

「というと?」

「最近会ってないんですが、大切な友人です。彼は写真を撮るのがすごくうまくて、他の人のを見たりしてみても、やっぱり違うなあと思います。素人でどこが違うかって聞かれても難しいですけど 笑。特に今日のやつ、すごく素敵なんです。」

「それでは、ちゃんと伝えてみてはどうですか?」




・・・・・・
| 未分類 | 00:40 | トラックバック:0コメント:3
不機嫌
私は、私がある種の強さを持ち合わせていることを知った。


「自分自身にも、周囲の人にも害になる不機嫌は、れっきとした罪悪です。」    ―『ウェルテル』

様々な情熱が私を揺り動かすことを知っている。バランスを失うこともある。その度に行って戻ってくることも知っている。しかし、己の魂の深さを知った人間、世界に対して少しでも心得のある人間は、より上機嫌を志すべきではないか?

努めて明るく振舞って不機嫌を隠すのでなく、ただ朗らかに、笑っていればよい。しっかりと受け止め、やんわりと流し、笑っていよう。悲しいかな、ほとんどの人間の「悲しみ」の正体は不機嫌なのだ。・・・悲しみはもっと別のものだ。

生きている間に、私はどれほどの激情に駆られることだろう。どんなものも受け止めてみせよう。それは強ければ強いほど良い。心に留めておくべきことは、己の欲望や損得勘定、悔しさやわがままから生じる偽の悲しみをやすやすと取り違えないようにすることだ。「悲しみ」は個人に生まれるものではない。人間と関連性を持っている、ひとりの人間の中にしか生まれない。




| 未分類 | 23:41 | トラックバック:0コメント:0
浅瀬



ああ、浅瀬に投げ込まれたひとつの小石が、美しい波紋を作って波にさらわれていく。大きな大きな水溜り、母なるもののその一滴を手にとって光に当てたら、どんなにか鮮やかに流れ出すだろうに。柔らかい陽光に見守られて、温かい砂の上を歩き、木をくべ、持ち寄った火を集めて、輪になって眠る。

海の底の貝に生まれ変わりたいと、お前はまだ願うことができるか?陽の当たらない、凍るように冷たい暗黒の深淵で、ひっそりと息をついて一睡もせずに、その心臓をえぐるような痛みを友とする。それとも、お前はまだ真の孤独を知ってはいないのか?繰り返し空の向こうから、呼ぶ声がするだろうに?雑踏の中へ呼び戻す声。

いやいや、どちらにも住み着くことはできない。お前は潮に誘われて浅瀬までやってきては、どちらにも属せずに迷うのだ。それはお前が生まれる前から、この広い世界に投げ出されるずっと前から決まっていることだ。それでも夜明けの空の、あの美しさを知っていよう?浅瀬で見るお前の憧れを、肯んぜよ。愛せずにはいられぬことを、肯んぜよ。そして混沌の中にひとつの命を、力強く投げ入れるのだ。

| 未分類 | 00:25 | トラックバック:0コメント:2
与えよ










| 未分類 | 17:54 | トラックバック:0コメント:3
星も光ぬ
なんて長いんでしょう
もう日が昇ったというのに
喜劇にすぎないのよ
だけどこの苦しみは
永遠のようだわ

―『 TOSCA 』



あまりにも損なわれたもの
梳る黒髪の 芳香失せたつや

追憶の彼方に捨て置きたる







| 未分類 | 13:19 | トラックバック:0コメント:0
Incredible India

・「国」や「地域」という言葉という概念によって、軽視される人間の存在。人間は、土地によっても、理念によっても、その境界線など持ってはいない。差異をつくるのは常に人間である。

・あるところでは正義であるもの、善であるものが、他の人々の間では異なる。それを人々は「文化」と呼ぶ。

・入り口:インドでは必ずゲートが異なる。
盗み、騙し、商売の利益?― 政府は外国人の入場料を現地人の何倍も取る。なぜ私たちはそれに納得し、街中では「法外な」値をふっかけられることを憎むのか?

・お前は誰に感謝を示すのだ。

・物価の違いを利用して暮らすということ。裕福な人々は裕福になり、貧しい人々はより貧しくなる。これが「私たち」の選択している世界の構造なのだ。

・例えば彼らは何を持っているか?私たちが差し出しているものは必要なのか?理想を追い求め、現実に行動する。その行動の仕方が問題だ。

・世界はほとんど、同じmaterialでできている。人間もまた然り。粘土をこねれば違う形ができあがる。文化はその現物から抽出されたessenceの体系である。

・花や木の模様、巨大な大理石の塊、削って作られた寺院・・・そこにある美しいレリーフ:アジャンターのある寺院の天上にあった男女の神のむつまじい姿。私は本当に、美しいものを見たのだ!

ゴミ同然に捨てられた路上 美しい川 浄土の白い砂
寝ているのか死んでいるのか分からない犬
排気ガス 染みの付いたベッド 蚊地獄の部屋
停電 街中にある大木 熱気 信仰
夜明けから営業する老人のリクシャ
交通整理に明け暮れる警官 物乞いする母
清潔な官庁街とインド門 コカコーラ
高級なタージ・パレス 10円のティーブレイク
手作りのタバコ 立ち止まり神に一礼する姿
木陰で愛し合うカップル 二冊の本
魂に食い込むような日差し

・プロフェッショナル:ガードレールのない坂道を猛スピードで駆け抜けること。すぐ横に観客たちが座る。

・「十分/充分」―あらゆる意味で、欠如している語彙。

・あのモスクの前で掴まれた左手首に、温もりがまだ残る。



抜粋
| 未分類 | 00:04 | トラックバック:0コメント:0
amen : so be it



今宵は音楽祭だ
素人たちの集まりが 思い思いに奏でる
ちょっと踏み外した旋律

黒と白の鍵盤の上に
踊る母の手は 美しかった
ささくれ立って
ネイルサロンに通う
節々の立派な 男勝りの手

あの手に
育てられたのだ

悲しげなラフマニノフの旋律を愛する母は
この世に在るべき強いものを知っている
音のひとつひとつが
優しく愛撫する


それを追うように
少女の小さな手が
たどたどしい音の跳ね返りに
驚いて瞳を揺らす

不揃いなリズムの隙間から
安らぎが溢れ出して


乾いた魂を
包み込む




| 未分類 | 21:23 | トラックバック:0コメント:0
昇華 変化の可能性
・なぜ?とか、どうして?とか、未来に対する疑問を不意に投げかけるのはやめよう。それはいくら考えたって判明しないこと。この微妙なバランスを崩すこと。私の体に絡まっている、幾多の細い糸が、その糸同士が絡み合うので私はそれをどうにかしてほどこうとするが、そんな暇はない。

・ああ、世界はなんて予測不可能なんだろう!私は何も知ることができない。私の自分勝手な推測以外には。

・自らの力が及ばないもの。→「諦め」;自分の力が及ぶものに集中せよ。

・音楽の才能を与えられなかった芸術の神

・環境と才能の不均衡― 溢れている

・そう、君はこの世界が「平等」を達成したと思い込まされているだけで、君の考えるような「平等」な世界はかつて一度も達成されたことが無い。

・あなたには、相対化を超越した、美しいものを創りあげて欲しいと思う。子供のようなこころ。眼差し。あまりにも人間的なもの。私の言葉は届くだろうか。

・すべての母は、相対化を超える素質を持ってはいる。しかしそれは多くの場合、固執・執着に陥りやすい。母にとって、子は最高の芸術である。わが子を埋没させまいとして・・・疑惑の故に高みへの階段を登らせようとしたとたん、もう地に落ちている。

・誰かの言うことが、すべて理解できるということ。それは人に一種の安心感を与えるから、それを望むならそうすればいい。自己犠牲?― 犠牲にすらならない。

・私には時間が必要だ。過ぎ去るときを、耐えて、待つということ。時間は容赦なく、変化の可能性を与えてくれる。水の流れで山が削られる。風の力で石は砂になる。四角い石は、転がって丸くなる。千差万別の変化。私が望むのは昇華だ・・・
時を経ても解決しないことはある。しかし、時を経なければ解決しないこともある。根本で、じっとしていること。

| 未分類 | 15:57 | トラックバック:0コメント:0
脱線。
最近の頻出語彙:魂、光、愛、美しい、孤独

ひとつのテーマで何かかけない。分裂した文章しか書けない。しかも違うことで書き始めたはずなのに、友人たちの話題に引っ張られていろんなことを考えすぎる。それに誰が読んでくれるのか分からないけどこれでいいや。いろいろだ。


痛いんだ
悲劇は喜劇に変換され

美しいものを美しいと
優れているものを優れていると言ったら
民主主義への反逆児の烙印を押される
そんな時代に生まれた
180度回転して
状況は変わらない

自由と平等
実現に絶望する前に中身が空っぽになった
逃げて行った理想への 郷愁だけが残る

渇いた土に葬られて
姿があらわになるような
隠れる闇の無いところ 陽に焼かれて
実際は
白い机の上で
潔白な日々を送っている




「よくひとりでここまでやってきたね、辛かっただろう」
それだけでいい。
そう言って抱きしめてくれる人を、きっと私は、ずっと求めている。

そう甘く囁くのは、死だけだろうか


| 未分類 | 02:18 | トラックバック:0コメント:0
input-output / inhale-exhale



色々な人と話して、その生活を思い浮かべ、その葛藤を思い浮かべ、その人生を思い浮かべる。それぞれの窓の向こうに、一つひとつの魂が揺れている。地上には何十億の魂が、それぞれの炎を灯しながら、空に向かって手を伸ばし、それぞれの瞳で世界に違った色をつける。

生きる力が弱いと言われればそれまでだけど、私は知っている。私はその人々の、圧倒する命の数々を重んじることと、軽んじることを繰り返していることを。世界と私の繋がりの在り方を模索していることを。どこかから呼ばれるのを待っていること。進むべき道の選択に、私の意志は関わってこなかった、と言ったら嘘になるだろうか?しかし、事実はそうだ。来るべき時が来れば、人間は導かれていくものだと信じている。

偉大な魂は、考えるよりも多い。知識ではなく、人間的に優れているもの。しかし人々はそれを見誤るか、または真に優れた魂は多くの場合流れるように美しくこの世から去っていくのかも知れない。または、一定の線を踏み越えた人物でなければ、連れ戻されるか、叩かれるか、その存在を認めたがらない人々のために、素晴らしいものを失うか、隠すかを余儀なくされるだろう。すべてのものが相対化されることを免れない世界で、人々は優劣を判断しようとする価値観しか持ち合わせていない。それもその末に生じる結果を恐れるがゆえに、真に比較することすら回避する。(ここで低俗と高貴という観念を持ち出すまでにも至らない。)そして、すべてのものを平等に扱おうとする。果たして「平等」という言葉が何を指すのか説明できないままに、人々はそれを善とし、追い求めるのだ。

あらゆるものが価値を持つと同時に、あらゆるものは価値を失う。真に美しいものを、真に美しいと賞賛しないこころ。万物に対する「肯定」が、歪曲されて散布される。どれも確定的でない、どれも絶対ではない、極の極に対する憧れを抱けない世界。憧れを失った人間たちは、進むべき方向が分からずに、日々右往左往する。一体どちらへ情熱を傾けたらいいのか分からないままとにかくどこかへ進もうとしている人や街がたくさんあるではないか?後押しされる大きなエネルギーと抑圧される壁に挟まれた状態のまま、進んでいく。抱えている熱や力を一体どこに向けて放出したらいいのか分からないことほど辛いことはない。それは、持つものを表現する手段を持たない天才に似ている。彼の頭の中には偉大な思考が詰まっているとして、彼はそれを、絵でも、言葉でも、音楽でも表現することができないとき― その悲しみは、彼にとっても、そして他の人間たちにとっても重い。

知性は言葉に表れる、という言葉の信憑性。確かに、人間の魂は伝達するものなのだとすれば、外に表されたもののみが(output)、その人間の偉大さを示し得ることになる。それはよくあることだ。抱負な語彙を持たない作家は、伝えることができない。言語学的には、その現象が無い地域に、それを形容する言葉は生まれない。(日本の「細雪」は、アマゾンには降らない)。概念が先か、言葉が先か?どちらも、正解だ。言葉で何かを表現するとして、その単語を知っていて自分の体内にはその本質を持っていない人間が、それを伝え得るだろうか。体内に本質を持ってはいるが適切な言葉を知らない人間が、それを伝え得るだろうか。ここで明らかになるのは、手段を持たない人間と、本質を持たない人間の悲しさである。しかし、表現することが伝達を前提とすると仮定するならば、そこにはもうひとつの次元がある。それは伝達における主体と客体の「共通性」の問題だ。コミュニケーションにおいて、主体が本質と手段を伴う場合でも、その本質と手段が共に客体に共有されていない場合には伝達を損なう可能性が高い。この事実と恐れは、人に「相手のわかりやすい言葉で話す」ことを課す。それは客体への確実な伝達を求める場合には必然であり、しかし優しさの度を越えて欺瞞を招く。それは二重の欺瞞である。自己と他者への、二重の欺瞞となる。

本質にそぐわない手段は、本質を歪曲する。沈黙を守るという行為はそれを防ぐためではないか?言葉の域を離れて言えば、沈黙という行為も何かを語る。いや、その語ることは多い。人間は、あらゆるものに意味を与えずにはいられないのだ。「意味が無い」ということの本当の怖ろしさを考えたことがある人間は、その重さに気づくに違いない。あらゆる表現は、魂に、世界への意味を与えさせるものではないか?― output / exhale 息を吐き出すように、水分が体から蒸発するように、、、

人間は媒介する。取り入れ、排出する。捨てて、拾う。命の本質、生きるということは― そういうことではないだろうか。良質なものを摂取した肉体はいい細胞でできている。それらの細胞はどこまでも孤独だ。そして生きることを止めない。
| 未分類 | 02:07 | トラックバック:0コメント:0
不確定性原理



真理と虚偽、信仰と疑い、傲慢と謙遜、美しいものと醜いもの。人間に属するものも属さないものもすべて、「そんなことどうだっていいじゃん」と毒を吐く。私に盛られた毒は超一流だ。いくら排除しようとしても消化しきれない。人間ははじめ毒を拒否して、どうにかしようとあらゆる手段を講じる。そんなの無駄だよ。限りなく心臓をえぐる毒が、もう私の体中に回っている。

人間は自分を脅かすものに対して、とめどない恐怖を感じる。次第に腐敗していくもの、移ろうもの、死に至らしめるもの。死んだってたいしたことないのにね。「生きることは辛いことだよ」「そうですね」。存在を知らされてる非存在はその王様だ。つまりその存在を知られてはいながら、存在しないもの。永遠に見つからない財宝。永遠に手に入らない愛。永遠に過ぎ去っていく命。― あるのにない。それを掴もうとしてもがく。

どこかに留まることができないから、流れていく。しかもその非存在によって生かされていることを実感させられた時には、精神は壊滅に追いやられる。風の吹きすさぶ廃墟に立って散らばった人間のカケラを見おろすのか?

あなたに何か価値がありますか?― ありません。無いということによってしか有るということは証明できないんです。私はカリスマにはなれません。だけどカリスマの矛盾を知っています。そうやって価値は決まっていくことも。

「私たち人間はいつまでも完全を名乗ることができない」だから自分の不完全さを埋めるために創造し、求めようとする。自分の感情表現のための芸術?大衆に迎合するための芸術?完全に美しいもの、ひと、こと。相対化の域に入らないもの。

不感性

「今」と「ここ」を基点にして世界を測れなくなっている。


| 未分類 | 21:41 | トラックバック:0コメント:0
世界はそんなに難しくない
I'll burn with life forever and ever.
















| 未分類 | 02:25 | トラックバック:0コメント:0
自転車置き場


先が見えないのは、いいことだ
Imagination 想像の終わりは創造の終わり





| 未分類 | 02:15 | トラックバック:0コメント:0
一歩 一歩




・人間は繰り返し、繰り返し、自分にかえる。

・いちいち反芻せずにはいられない。

・「エリート」と言われて、「そうなのか」と思う。だけどそれだけで、ただそれだけだ。それに対してリアクションを起こすのをやめた。

・最近、使えない言葉: 「普通」

・事実は、何も決まっていないんだ。教えてくれない。じっと考えてみても何かが分かるわけじゃない。予想できる選択肢を全てあげつらってみても、明らかにならない。それは人生の優しさかもしれない。

・「知らないほうがいいこともある」― 人間を不安にさせ、狂わせ、貶めるのはそのこと事体じゃない。何かとても、本当には関係のないものに対する思い込み、決め付け、、、未来を予測する力の代償に、余分な重荷を背負う。または記憶のシステムのおかげで、余分な重荷を背負う。

・ひきつけられるもの。真っすぐそれに向かっていったら、きっと変人になるという予感。暮らしていけないという不安。人の命の一貫性なんて、どうやって評価し得るだろう?だけど、こんなにもつぎはぎな自分の日々、一瞬一瞬を吟味しようとする。一体お前はいつまで壁づたいに歩くつもりか?

・「対等」の意味を取り違えて、卑屈になったり、好戦的になったりする

・現実からの遊離― Imaginationを捨てるのか?

・人生=偶然を必然にしようとする試み
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PROFILE

☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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