<ECLIPSE>

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私にもし明日という日がないとして
この静かな夜に何を思うだろう

個を捨てるということ
個の枠を踏み超えるということ
些細な存在にかくされた
関係性を見出そうとして

結局 どうしようもないもどかしさに襲われる



近頃、物覚えが悪くなりました。重要でないことは右から左へ、何事もなかったかのように通り過ぎていく。私のニューロンとシナプスは日々泡になって消えていくのかしら。でもここ数日考えたことは覚えてる。醜いものを醜いと、残酷なものは残酷なままに、突きつけられる勇気が私にはないことに気が付いた。そしてそれを欲していることも。



私は中途半端な愛を拒みたい。心の底から憎みたい。
















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王者になりたまえ
難しいことは何も考えない。私が考えたいこと、したいこと、書きたいこと、はしゃぎたいこと、そういうことに、今さらだけれどすべてのエネルギーをそそごう。



他者の影に怯えるひとよ、自分の目に映る世界の王者になりたまえ。
世界はその手に委ねられている。


足りているものと、足りていないもの、その境目に私たちの選択の可能性が満ちている。「十分」という言葉をいかに扱うか、生きることのひとつの鍵はそこに落ちている。空っぽなのか、満杯なのか、事実に目を凝らしすぎて探したために盲目にならないこと。常に、繰り返し鳥のように高みに舞い上がれ。


人間は、逃げる場所がなければ、次第に逃げる意欲を失う。
そしてその失敗は正しかったことを知るだろう。



王者になりたまえ。












| 未分類 | 14:09 | トラックバック:0コメント:2
the star's songs
★ 未来に / star

太陽が遠く消えていく
夏を道連れにして
闇の気配を感じたら
そこはもう空白の季節

苦しみを微笑みに
孤独をやさしさに
絶望を光に
涙を命に

月が欠けて落ちていく
星を道連れにして
雲がすべてを隠したら
それは冷めた闇の始まり

苦しみを微笑みに
孤独をやさしさに
絶望を光に
涙を命に
未来に・・・











No.195 2003/09/09(Tue) 20:59
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友への手紙より



結局現実には、楽しいことしかないんだ。人間ってそういう生き物なんだ。
何を楽しむかじゃなくて、「どう」楽しむか。
段々「辛い」ってことがどういうことなのか、分からなくなってきた。
例えば個々の人生で、やらなきゃいけないことがあったり、人間関係で傷ついたりして生じる「辛い」っていう感情も、実は喜びの種のひとつであって・・・
本当に私たちが「辛い」といって悲しまなければならないのは、
例えば本当に悲惨な、生きるのさえ困難な人間、そういう状況にある何かを
慈しみ、哀しみ、愛するべきなのだと思う。




― 生きているのに、死んでいるような人間がたくさんいる。私はその裁判官にはなれないし、なるつもりもない。たとえ私の言葉の一部が不幸にも誤解を招いたとしても、その責任を逃れたりはしない。だからといって誰かの発する言葉の悲惨さや残酷さを責めようと脅したりしない。人間の根源にある、狡猾さ、悪意、汚い、醜い、そういうものの本質をも、きちんと憎みながら愛してみせよう。もし私にその能力が欠けているのだとしても、だからこそ愛を注いでみせよう。

私たちに用意された、世界をあきらめない。


日陰は、ここにあるよ。

















| 未分類 | 16:09 | トラックバック:0コメント:0
伝えたいことが溢れ出して
ねえねえ、こうなんだよ。命ってこういうものなんだよ、魂ってちゃんと響くんだよ、そんなふうに、みんなの目を見て話せたらどんなにいいだろう。心の中で、私はいつも、大切な人々の肩を抱き、腕を組み、手をつなぎ、大切なものを転がしたり、つついてみたり、抱きしめたりして暖めている。そうやってこねくり回しているものたちの、純粋な喜びや悲しみに忍び足で近づき、とても美しい、底抜けに美しいものをそっと抜き取っては、どうしたらそれが伝えられるものかと思案している。

ひとりで浸るにはあまりにも甘く、もったいないものたち。このこころの中のintense、はちきれるような心地いい緊張― 隠しようがない、偽りようがない、生「なま」の私。

まるで起き上がりこぶしなんだ。たとえ何度倒れてしまっても、何度も立ち上がる。王者の精神、champion の精神、孤高な、誠実な、高貴な精神。私はすでに十分ひとりでありすぎたので、この景色を大切な人たちに見せたいと思う。そしてそれは確実に、ひとつの愛の形であると言えると思う。証明できないもの、安易でないもの、けれどとてもシンプルで、偽りのないもの。― そういうところに、あなたを連れ去りたい。















| 未分類 | 22:58 | トラックバック:0コメント:2
the star's songs
★ のほほん / star

のほほんとしてさ
お昼寝でもしてさ
自分ペースで
今日もリラックス

のほほんとしてさ
お茶でも飲んでさ
大変なことは
一服してから

退屈な時間も
たまには必要さ
夢を追うばかりじゃ
見えないこともあるんだ

のほほんとしてさ
日向ぼっこしてさ
必死なやつらを
眺めてるのさ

のほほんとしてさ
どっしりかまえてさ
次のあたりを
じっと待つのさ









No.205 2003/09/21(Sun) 23:35
| 未分類 | 16:17 | トラックバック:0コメント:0



揺れる こんなにも脆い 人間を嫌悪する
雨が降る それが唯一の慰めで 乾きを潤すけれど
傷口は今も開いたまま 静かに血が流れる

まだ何とも闘っていない 不甲斐なさで
隠し持った凶器は 使わなければ錆びる
そう言い聞かせながら

闘って命を落とすのなら本望
鈍くなった武器で自害しようなどと 思うのはやめた
王者のように振舞える日のために
私は私を解放しよう

自信がなければ ただ堕ちる
ただ信じること 迷わぬこと 貶めぬこと
魂が窮屈な 容れ物を破壊すること



飛躍 凌駕 ― 超越













| 未分類 | 18:00 | トラックバック:0コメント:0
予感
それはいつも突然やってくる。すっと降りてくるような光、私の体内を明るく照らすような躍動感。人とひととの出会いは、喜ばしいとか悲しいという一言で言い表せるものではなくて、会えてよかったとか会わなければよかったとか、人は時を顧みてはすぐに判断を下してしまう。自分にとってその出会いが利益になるかならないか― 出会いの良し悪し、または縁というものを語るのにそういう基準が用いられるのは最もなことであって、何ら不思議ではないのかもしれない。

人は判断を留めておくとか、または選ばないでおくとか、そういったことが出来ない生き物なのだ。ひとはあらゆる事物に意味を付与せずには置かない。つまり「理由」・「原因」―私たち人間は、どうしてもこの世界の美しい偶然を必然にすりかえたがる。何か意味があるに違いない、「運命」に違いない、そう思わずにはいられない。私はそれを傍観者としてながめて、誤りと呼ぶつもりも罪と呼ぶつもりもない。

そう考えている私に、運命よりもっと身体に近い、予感というものが舞い降りる。それはあえて頭で考えるのではなく、運命と呼ぶには重過ぎる、この体にただ触れるもの。私は血が巡り、揺れているのを感じる。―「呼ばれている」。私は未来に呼ばれている。


「生きててよかった」というのに、人はなんて早とちりするんだろうと思う。いつでも命が十分であるのは確かだけれど、生き急ぐ人々はそれで人生をほとんど先に生ききってしまう。保留―心に留めておくかぎりそれは完結しない。私は曖昧の只中に生きよう。


―「出会えてよかった」というにはまだ早い。私たちの道は続く。















| 未分類 | 23:48 | トラックバック:0コメント:1
勝つしかないでしょう



学歴とか、経歴とか、あなたの履歴書はどうだっていい

見せたいのなら見るけれど

それよりもずっと見たいものが

たくさんあるんだから








| 未分類 | 00:28 | トラックバック:0コメント:0
三つの言葉
私は長いこと、三つの言葉を思い浮かべる習慣を持っている
今のわたしにとって必要なもの、大切なもの、人間として志すもの

― patience, belief, inspire

英語のほうがなんとなく近い感じがするから、英単語で心に留める
友人の一人は、surrounginds, chance, relashonships と答えた
またあるひとは love, love, love と答えた

高校時代から長いこと変わらなかったこの三つの言葉
patience は embrace に席を譲りつつある

あなたは、どんな言葉を選ぶだろう










| 未分類 | 20:20 | トラックバック:0コメント:8
the star's songs
★ 月明り / star

気がつくと君はまた
おびえた子猫のような瞳
僕はこれ以上近づけなくなる
すべての時間が凍りつく瞬間

君は一人じゃないよ
僕を信じていいよ
どんな言葉も
闇に吸い込まれていくけど

あきらめない
君の笑顔を
今は遠い空
隠された輝き
僕を照らした雲間の月明り

ミルクも飲もうとしない
明日を拒むかのように
困った子猫に僕はお手上げ
希望が涙に変わりゆく瞬間

君はここにいていいよ
僕と生きていこうよ
どんな言葉も
闇に吸い込まれていくけど

あきらめない 
君の笑顔を
今は遠い空 
隠された輝き
僕を照らした雲間の月明り














No.177 2003/08/24(Sun) 22:01
| 未分類 | 20:10 | トラックバック:0コメント:0
白い星は、勝利を高らかに掲げ
あらゆる音の氾濫とともに凱旋する

暗い夜の道標として
球体に空いた穴のように
光に通じる光そのもの

灼熱の炎を映し出す鏡

生まれ、巡り、長い年月を経て
死してもなお星は輝くと言う
命はこの世限りのものではない
存在はあらゆる無を上回る

無限に定まらない時間と空間
それを内包する真理

これは偽りなのだろうか?
すべては常に流れていくだけだ
実体は無く、証明するに足りる

偉大な円と光のもとに跪き
白昼にいて星を知ろうとする
我々は常に照らされているのに
影の代わりに涙を落とす

普遍であり不変の
とって変わることのない

一の中の無限
一の中の永遠

to be, and not to be










| 未分類 | 17:45 | トラックバック:0コメント:0
Love Letters



―私たちは 永遠に変わらないハッピーエンドを探して彷徨う



言葉につまる。ひとは語りきれない言葉をたくさん抱えて、生きていく。どうやって表現しても消化しきれない、自分の中でしか意味を持たせられないようなことば。
ときに、その伝えられない想いを死ぬまで背負うという、重さに縛りつけられて。
生きるとは、そういうことだ。生きるとは、「耐えること」だと、そう思った。

人は誰もが誰かの「特別」になりたがって、もがく。無条件に、無制限に愛することのできるひと―主体としても客体としても―そういう人間に engage することは、それ自体で限りない幸福感を与える。何も持たず、何も捨てない。私はなぜか、限りなく透明に近くなる。



皆がみんな、恋をして、好きなひとと幸せに暮らせばいい

あんなに強くそう思ったことは、無かった。




| 未分類 | 17:42 | トラックバック:0コメント:0
頑張る



「頑張って」と誰かに言うとき、必ず少し躊躇する。なぜなら頑張るということがどういうことなのか、よく分からないからだ。よく分からないというよりも、「頑張る」という語彙がずっとうまく飲み込めていないのかも知れない。

頑張る:
①我意を張り通す
②どこまでも忍耐して努力する
③ある場所を占めて動かない  (「広辞苑」)


「頑張ってる人は、輝いてる」「頑張っているから、素敵なのさ」―私がただひねくれているだけだとして、それでもなんだかピンとこない言葉。今までの私の生活で、頑張ったことは一切なかったと言ったら、「そんなことあるはずがない」と言われるのがオチなのだけれど、正直に、「ああ、私は今頑張ってる」とか「よく頑張った」と感じたことが一度もない。それはいつも私が全力投球していないからなのか、あくまで目標を高く保ちたいからなのか分からない。

とりあえず「頑張った」という感想がないために、自分が使うときにも困る。それでも普通に「頑張って!」とか「よく頑張ってるね~」とか、「本当に頑張ったよ」と言うのだけれども 笑。とりあえず「頑張った」と言っておけば、まるくおさまる。だからそれはつまり「私は目標に向かって一生懸命努力しました」というアピールなのかしら。なぜか私はコツコツ型の「努力家」だとよく言われるけれど、「努力」するのは好きじゃない。

「頑張って」と言われるのが嫌なのではなく、どうしたらいいのか分からないのでいつも体外に置いておく。きっと日本語の頑張るというニュアンスは文字通り非常に頑なな、緊張した状態や能動的なものに対する要求を含んでいるのかもしれない。少なくとも、私はそういう匂いをかぎつけて不思議に思うのかな。英語のTake it easyのほうが格段に馴染みやすい気がする。「頑張っている」状態の方が基準になっている感じを受けるから。日本語の「頑張って」は基準が「頑張ってない」状態に、私はどうも聞こえてしまう。

だから鬱病の人には「頑張って」と言ってはいけないと言う。もしかしたら私は万年鬱病なんだろうか?

こんな風に思っていても、「頑張って」の代わりに人にかける言葉を見つけるのは難しくて、やっぱり頑張って、と言う。とりあえず応援している気持ち、それを見守りたい気持ちは伝わると思われるので。だから頑張ってと言ってくれる皆さん、いつもありがとう。私も何気なく使うけれど、もう少ししっくりくるうまい言葉を捜してみたいと思います。


結論は、つまりいつもありがとうということです 笑。以上。








| 未分類 | 22:46 | トラックバック:0コメント:2
Passage: 回送電車
誰も乗っていない電車が、速度を落としてゆっくりとホームを通り過ぎる
乗客の姿が見当たるはずもない
それでもなぜか、いつも誰か乗っているんじゃないかと思う
きっとあの電車は、私たちの知らないところ
私たちがどうしてもたどり着けない地に
繋がっているような気がして

線路を見つめてみては やはり人生のようだと思う









| 未分類 | 22:16 | トラックバック:0コメント:0
ハイヒール



改札を出て、背中をピンと伸ばして、胸を張って歩く。背の高い私は普通にしていてもすぐ見つかるほうだから、ローヒールの時はあまり気を張っていない。けれどもなぜか、ハイヒールの靴を履くと、胸を張って颯爽と歩きたくなるんだ。靴は女性にとって、人生の指針の一つであると思う。例えば仕事をするときにハイヒールは履けないし(仕事によってはそれが必須なこともあるだろうけど)、浜辺を歩くには裸足でなくちゃ似合わない。時と場所に見合っていなければ、どんなに高価で素敵な靴を履いたって素敵に見えない。これは他のことにも言えると思うけれど。

基本的に、私は裸足でいるのが好きだ。幼い頃からずっと慣れてきたせいか、例えば芝生、例えば暖かい土、コンクリートだって、靴を脱ぎ捨てて「足の裏」で感じたくなる。それはつまり繋がっている感覚をそこにも求めているのかも知れないし、歩くのにそれが最適だからかもしれない。

だから果てしない草原を、心地いい風に吹かれながらただ歩きまわること。それは私がもっともしたいこと。その上位に入る。化粧もせず、髪もそのままで、飾り立てずに歩く。そういうことを私は愛する。青い草の上に寝そべり、昼寝をし、水を飲んで、少しパンを食べて、また、ただ歩いていくこと。

それでも今日は不思議な感覚を覚えた。つまり、改札を出て歩き出したとき、無機質なグレーに囲まれているはずの景色に、草原のイメージが突如浮かび上がった。たおやかな風や、若い草の香りや、裸足で感じる土の温かさまで― 私は人の群れの中でひとりすっぴんになり、まったく偽りのない、とても汚れないもののに包み込まれた。

でも、そんな感覚を通り越して、狭い歩道を歩いていたとき、ふと見た鏡に映った姿を見てもう一つのイメージが交錯した。それは細いハイヒールを履いて絨毯かピカピカに磨かれた床の上を歩いている私。きっとそれは女主人か、何かとても華やかな昼と夜を過ごす女性のヴィジョン。ああ、私はそういう世界を愛している。エレガントに飾り立てた夫人、少し踏み外せば下品になりかねない線を越えずに、粋にあしらう完璧な女。

つまり私は、どちらも好みなのだ。ただしその「どちらか」。極端なことしか出来ない私は、今まで色々と彷徨ってきて、自分に適したスタイルを見つけようと模索してきた気がするけれど、結局どちらにもなりたい。そう分かった。それでもなぜか、後者になりそうな予感がするから、草原の踏み心地をいつまでも密かに楽しむことにしようと思った。密かに楽しもうと選ぶほうが、本当に大切なのだろう。人はたいていそういうものを一つ二つ持っていて、それがとても魅力的であったりする。

自分の「足」を知っていること―かたち、くせ、好みの感触。歩く道具を丁寧に選び、メンテナンスし、歩くということ。率直に言って単なる靴フェチなんだろうけど、きっとこれからも靴箱が積み重なっていくんだろう。スニーカーや、ビーチサンダルや、パンプスや、そしてハイヒールが。



| 未分類 | 00:45 | トラックバック:0コメント:0
屈折 Addicted
「ひとは何度も同じことを繰り返して
 けれど、そのひとつひとつは決して同じじゃない
 痛みに慣れるなんて そんなことしないで」


・わたしはわたしのからだを呪う。受け止めること、それでも忌むこと。いちばん屈折しているもの、わたしはわたしが何を蔑むか、分かりきっている。

・「くだらない」と口走る前に

・それで君が幸せなら、構わない。どうして人間は幸せを避けるんだろう、そんなこと大声で叫んだりしないから安心して。

・不幸な人間に成り下がる用意、幸福な人間に成り上がる用意
みんなせっせと荷造りする

・はりめぐらされた策略と罠、それを目の当たりにして、私はそこに喜んではまろう。「くだらない」と口走る前に

・分からないものは、分からないままにしておく

・ひとはなぜ こんなにも 単純に つくられているのだろう

・気づいた。もはや「考える」ことが少なくなってきている

・異邦人― 








| 未分類 | 23:15 | トラックバック:0コメント:0
その線を踏み越える
あなたが 自分の決めたことに背くからといって
一歩 前に踏み出せずにいるのなら
わたしが 押し出しちゃうよ

それを許せないのは 私でも ほかの誰かでもなく
あなたを責めているのは あなたなのだから

だから 誰かに許しを請う必要も
誓いの固さを思い出して嘆くことも
繰り返しをおそれて怯えることもない

あなたの一番を あきらめないで

ねえ 迷っているのなら
とにかく一歩 前に踏み出してみればいい
踏み越えて またそれから考えればいい

やっぱり失敗したと思ったら戻り
足りないと思ったら進む


揺れて 揺れて

あなたは 満ちる










| 未分類 | 22:40 | トラックバック:0コメント:0
まっすぐに



― 「私の大部分はひどく歪んでいて、もう直すことはできないんだ。」そう思っていた時期があった。悲惨なほどに損なわれてしまったもの、世間という名の魔物に喰われた、残骸のような心と体しか私には与えられていないと感じていた頃。つまり世間の面倒なルールやら、習慣、つまらないニセモノのやりとり、そういうすべての醜いものにいずれは染まっていくだろうという恐ろしい予感は、私を絶望に陥れた。それはもうずっと前のこと。他にも色々なプレッシャーはあった。様々な人間関係、勉強のこと、将来のこと。けれどそんなことなんか及びもつかないほどに、私は見えない強制力に怯えていた。だから、不謹慎だけど、Kがいなくなってしまったときは彼を羨ましいとさえ思った。優しい声と包み込むような光を持った彼はある意味私のヒーローで、自分だけ少しも汚れないまま、行ってしまったのだから。生きていれば避けて通ることのできない苦痛や、人間の醜さ、汚さを経験することなく・・・。

そう、私は人間のことを考えては、常に恐ろしい予感に襲われた。もちろん日常生活の中で、特定の行為やそれらが含んでいるものにストレートに嫌悪感と憎しみを感じていたこともあった。けれど今考えてみれば、私はそういう細々したことよりも、自分が連綿と続いてきた人間の営みに組み込まれ、無限の糸に絡め取られて溺れていくことに― 歪曲を ―怖れていたのだ。人と人とは決して分かり合えないのだと思った。信じることほど人間にとって難しいことはないと思った。男女間のやりとり、その甘さと快楽に疑問を持ち、ひいては自分が子供を生むことは考えもつかなかった。いや、こどもを産みたくないと強く思い、私にそういうことが起こらないように願った。一夫一妻制?だいたい夫婦という結びつきは私にとって虚偽でしかなく、将来設計とか家族計画とか、そういう話題に吐き気がした。私は誰のものにもならない。私は誰も所有したくない。

私は全てを疑った。友情、義理、家族、愛、将来、勇気、光―
そして自分。生きているということ。「私は本当に生きているのだろうか?」何万回も・・・本当に数え切れないほどのクエスチョン。「いつもひとり」この言葉も体に染み付いた。何にも屈したくない、噛み付くような態度は、きっと自分が歪められることを極度に恐れていたからだった。何せそのとき私は―自分を守る術を知らなかったのだから。分かっているのは、選択肢はすべて私が握っていて、選べないのは不自由だけだということ。私はつねに生きようとしていること。そしていずれは、何もかもが消え去ること。

宇宙が、私の中には限りない宇宙が広がっていた。どこから発生して、どこへ行くのかもわからない。身体はいろいろなものから、世界と同じものが混ざり合って作られている。すべてが備わっている。何一つ欠いてはいない。素晴らしく完成している小宇宙。最後にはその中に飲み込まれてひっそりと消え去っていくのだと信じた。こころはとても静かで果てしなく― 私自身、それがどこまで広がっているのか知らない ―私はしばしばこの世から消えてしまいたいと思った。それは自殺というよりは、風や空気、土や水、そして光の中に、私が生まれてきたところのものに戻りたいという願いだった。それは半ば祈りに近く、そこでは永遠の静寂と平安が得られることを知っていたからだ。

「アル」と「ナイ」の境界線で、水や闇や、そういうものに親しむときだけ私は安心していられた。世界が目をつむり、私も目をつむる。夜な夜な何をしていたかといえば、私が出てくるのを待っていたのだ。今でも何かに「まみれて」いると安心できる。土、日差し、食物、水、体温、そういうもの。それらは私を世界に繋げて、戻してくれるので。



旅に出て、帰ってきて、ぐるぐると何度も私は私を巡り、何年も経った。あまりに遠くに出かけて迷子になったこともあった。でも私の心が告げたのは「神さま、人生ってけっこう楽しいです。」 笑 これ。

ここまでの道のりをすべて説明しろと言われても、長すぎて覚えていないし、説明したくもない。それにみんなそれぞれ違う道を歩いているので、私は私の道を行くだけで、それを誰かに教えてあげることはできないのだ。と何度も実感しているから。時にどこからきたのか訪ねてくれる物好きな人や、私の旅路が少し誰かのと交差したり、平行したり・・・つまり触れ合う機会があるわけだけれども、私は結局、いつもひとりでまた歩き出すのだ。そしてそれを楽しく、快く思う。私の道は私にしか歩けない。それは一種の誇りであり、自信であると思う。

お互いに寄りかかり合って生きていく人たち、そういう人たちを見て批判しようとかいう気持ちは起こらない。それはそれでいい。ただ、私にはそういう道は選べないし選びたくない、それだけのことなのだ。だから時々弱気になることはあっても、人に何を言われても、自信を著しく失っても、私は繰り返しこの道の上に戻る。まるで犬のように匂いをかぎつけて。

そして歩く。ときには走り、ときには止まる。私はいつまでもたくましく、強く、潔くありたいと思う。




・・・良く分からなくなったので終わります 笑。以上。
| 未分類 | 22:11 | トラックバック:0コメント:2



・物事の本質は、生きることの中にある

・行為― 行為のともなわない概念を愛する

・人はすぐ安易な解決法に飛びつく。けれどもそれが間違っていると、私は言えない。

・理解? 物事を「正しく」理解することに何の意味がある?対象に囚われる人間は、関連性についての思考を失う。

・絶対的な「生」。私はそれを生きる。

― dignity inspire embrace

・「耐える」という語彙が消えた

・「可能性はまだ十分にある」?―そうして人は可能性を失う











| 未分類 | 00:06 | トラックバック:0コメント:0
embrace
私たちは愛を学ぶ


少しずつ 

ゆっくりと 

でも確かに















| 未分類 | 22:00 | トラックバック:0コメント:2
「会いたい」



友人が発した「会いたい」の言葉が心に沈殿した。「会いたい」という語彙が私の中になくて― かつてはあったけれど、どこかに捨てて来た ―そんな言葉があったことを思い出して。「会いたい」の反対は「会いたくない」ではない。私は対人恐怖症でもないし、人と会いたくないわけじゃない。けれど能動的に誰かに「会いたい」と思うことや、「会って自分を理解して欲しい」と思うことが無いために、時に冷たく映るのだろう。実際、私は自分を説明するのが面倒なのだ。

分かってもらえないかも知れないとか、傷つけられるかも知れないとか、多くの人々が抱える対人関係への不安や恐れをまったく抱くことができない。私はいささか、とても明るいことしか― 物事をそういうふうにしか捉えられなくなっている。明るいというよりも、常にニュートラルな状態でしかいられないといったほうが近いかもしれない。小さいこと、一貫性、計略、方向性、事実、駆け引き、やり取り、偽装・・・そういう小さいことに気をつけられない。私は今、私が私でしかいられないことを感じる。

ここは人との繋がりがある中でもとりあえず一番正直なところだから、私は本当のことを真面目に書いている。すぐに見抜かれるような強がりや、意図的な文章や、隠蔽ができない。魂の隠蔽?それをどうやってするのか、する必要があるのかすら分からない。

私はつまらない人間になっているのだろうか。疑問としてしか書けない否定の言葉。私はこうとしか書けない理由をも知っている。夢の中では、なぜかいつもうまく走れない。



| 未分類 | 23:21 | トラックバック:0コメント:7
メモ
もっと深い孤独― 完全な深みを持つ孤独

中毒??
| 未分類 | 01:58 | トラックバック:0コメント:0
枯れない花



― 私は昨夜、なぜか冬の来るのを怖れた










| 未分類 | 19:56 | トラックバック:0コメント:2
Missing



言葉は確実に浪費される。言葉で消化してしまえば、書くものが残らない。時には突発的に何かに触れて言葉が溢れ出すにしても、綴るには及ばない。私は「書かなければならないか」と自分に問うてみる。「どうしても書かなければならないか」―

どんなに誠実なやりとりをしていたことか。今は、面と向かって人と話すという誠実さは微塵もない。話す?― 一体何を?話す必要のあることは、何もない。








| 未分類 | 12:38 | トラックバック:0コメント:3

誰かに「もらう」ものなんて、いらないものばっかりだ。




















| 未分類 | 01:25 | トラックバック:0コメント:0
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PROFILE

☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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