<ECLIPSE>

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in closet
in closet

クロゼットは必要な洋服の
三倍以上の服でいっぱい
靴箱に入りきらない靴
ひしめき合う色とりどりのハンガー

「必要なもの」を買うために
みんな必死で働く
欲しい物はすぐ手に入るから
何が欲しいのか分からなくなる

色違い
大人買い
あれがいい
これもいい
どれがいい?
無駄遣い


勘違い


デパートにはたくさんの信者が
ベルトコンベアに乗って労働に向かう
ワゴンの中から空虚という名のダイヤを掘り出し
磨く間もなく次のダイヤを探す

in closet

持ちきれないほどのバッグ
履ききれないストッキング
邪魔になるダイヤのリング

in closet

クロゼットの中は欲望でいっぱい



明日もきれいに着飾った女の子たちが

年中行事のパーティにお出かけ



「女は綺麗なほうがいい」















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| 未分類 | 01:33 | トラックバック:0コメント:0
砂時計
今日、大学の近くのバオバブカフェに行ってべーグルサンドを食べた。本日のオススメコーヒーとセットで。でも私を満たしたのは香ばしい鯖とじゃがいものペーストの香りでもなくて、暖かいコーヒーでもなくて、ちょうど一年前の冬、聴き慣れたアルバムのメロディーだった。

白い水蒸気で曇ったガラスを覗きこんで、席が空いていることを確認してドアを押した瞬間、湿っぽい暖かさに触れた。そしてその暖かい空気にのせて耳に入った少しけだるい声の、ゆったりとしたメロディーに懐かしい時を垣間見た― ひとりだったらそのまま店を出ていたかもしれないけれど、そういうわけにもいかなかったから、四人がけのソファと低い机の席についてコートを脱いだ。

そのメロディは、実際私を満たしたというよりも、その空気に私を浸して溺れさせようとしたのだった。「結局私は人間の美しさに屈してしまうのだ―」誰もが持っている、人間の悪の根源というものを超えることができない。それがいかに人間らしくあろうとも・・・美を賞賛するのではなく、その前に完全に屈してしまう自分。そういう自分がたまらなく情けなく思えた。


なぜ愛せないのだろう?

― 愛そうとしていないから


「愛せない?」


こんなとき、思考回路は伝統的論理を引き出してくる。それは主体である私が「愛せない」のか、客体が「愛せない」対象なのか?そしてお決まりの答えを出す。「それは両方だ、主体と客体を分離することは間違っている―」さらに、それでもない癖の解決方法を当てはめる。「愛とは常に主体的なものである―」・・・こうして私はこの言葉に至ったプロセスを、ほんの一秒ほどの間に思い出す。

音楽は時に、否応なしにある場面や空気を思い出させるけれど、時に一瞬のうちに追体験を引き起こす。「日々の積み重ね」とはよく言ったもので、「今」以外の時間は非常に凝縮されているのではないかと思う。何日も、何年もかけて少しづつ変化し、移行してきた考えや感情は、ほんの一瞬に、眩暈のように呼び起こされるのだ。「今」はいうなればちょっとした猶予、間延びした時間の狭間に落とされた曖昧な「今」。砂時計のくびれ、そこにある「今」。




















| 未分類 | 03:14 | トラックバック:0コメント:0
humming
暖かい旋律を口ずさんで
春を待ちわびる小鳥のような

私はなぜか海をおもう
そこには、そこにはきっと
まだ冷たい風の中に
キラキラした光が踊っているだろうから
一番に陽のあたる場所
それはいつまでたっても
海だと思う

単純なメロディー
そういうものが心を捉えて
見てもいないものが鮮やかに浮かび上がる
聴くだけではなく 声に出してみること
そういうことが心に響いて

美しいものが素直に流れ込んでくる

それは世界に共鳴すること

生きているあかし



時の流れに身をまかせながら

ただ口ずさむ


















| 未分類 | 12:19 | トラックバック:0コメント:0
崩れ去ったヴィジョンの中で、何かを作ることを考える。思考が麻痺しているのは、とりあえず体調不良のせいにして。痩せすぎた体、感覚の鈍くなった体。バランスを失うことは、再生へのきっかけであるかもしれない。だから休まないと。そう思いながら、いつも何かに追われている気がして、空回りする独楽のようだと思う。

私は、何かをつくりたくて仕方がないらしい。それは、小さな手芸品でもいいし、観葉植物を育てるもよし、何かおいしいお菓子をつくるのでもいい。ふと、ペットを飼うということについて考えをめぐらせてみる。「実に贅沢な行為」― 愛でるものを― そうか、純粋に、私は生活の中のほんの小さなことやものを、熱烈に愛したいと思っているんだなと気づく。愛着というもの。ただ、それは実に傲慢で、私はそういう気持ちを味わいたいだけで、対象はつまるところなんでもいいのだから、果たしてそういうことをすることが、魂に届くのかどうか・・・考えてしまう。

世の中のことはどれひとつを取ってみたって、羽のように軽い。

「何もつくらないで生きる」とはどういうことか。「ナニモツクラナイ」、その響きがいかにも不快なので、私は思わず身震いする。























| 未分類 | 12:02 | トラックバック:0コメント:0
自己保存と永遠化
ふとしたことがきっかけで、何も見えなくなることがある。ひどい近視?誰か私を止めて、と、本当はそれを願っているのかも知れない。壊すことは、実は作ることよりもエネルギーのいることで。作ることは、実は壊すことよりも過ぎ去ったものを思い出させるから―

私は、明日も笑って過ごすだろう。明後日も笑ってすごすだろう。しあさっても、そのまた次の日も・・・

私の核が、また疼きだす。


時間の輪、私のいる場所、あの人の声、彼女の憂鬱、適切な睡眠、本棚のナイフ、水・・・水だ。最近よく、「巡り合う時間たち」の水のシーンが脳裏に浮かぶ。何度も何度もぼんやり繰り返すイメージ。オフィーリア、花、水面に浮かぶ花。

私はきっと、健康すぎる命に慣れ親しむ覚悟を決められずにいるから、日常生活の中にいても違うものを見てしまう―あらゆる余白と空白に、その魅力的な魔物は潜んでいて。私をものすごい力で引き付けるので、一瞬にして遊離する。

現実? 認識の照合、identify・・・

読めない。読む気がしない。読む必要がない?


そこに何を見たらいいのか、分からないよ―





























| 未分類 | 01:38 | トラックバック:0コメント:0
「うまれる」


自分の力で「うまれる」んじゃない。


母に「うまれる」からこそ、生きる。


























| 未分類 | 00:34 | トラックバック:0コメント:0
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PROFILE

☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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