<ECLIPSE>

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日々解けない緊張の原因を探していた。焦燥感でも、倦怠感でもなく、ただ正体のわからない緊張。からだとこころの緊張。私はいつでも体と心を硬直させて、自分の言いたいこともわからずにただ毎日をやり過ごしている。一秒一秒、一日一日、絶妙な抑制とコントロールを失わないように。不甲斐ない、嘘をつかないように。

原因はたぶん、おもにふたつあった。世界消失病と、人生決めつけ病だった。

世界消失病は前からあったものがたぶんちょっと進化したようなもので、この世界がいつかは消えてしまうとうことへのむやみな恐れから逃れられない。私個人が、ひとつの固体が死んでしまうとか、私の愛するものが100年後すべて亡くなってしまうとか、そういうことではなくて、私の恐れているのは本当の終わりだ。何もかもが「消えて」しまう。もはや何も再生せず、もはや何も始まらない。それはたぶん、私が密かにずっと恐れつつも、根拠なく信じてきた世界の果てなのだ。

たぶんそれに少し連動して、人生決めつけ病が悪化した。いや、むしろ順序は逆かもしれない。なんとなく最近、人生の終わりが見えてしまったような気がしていた。現在24才、30才までには就職して、そのあと大学に入って。何十年間か教壇に立って、人生の大半を研究室の机に張り付いて過ごして。たぶんその道筋のどこかで結婚して、母になって、祖母になって、そして位牌になる。「今」がすべてだった少し前と違って、よく分かりもしない将来を心配するようになった。私が追いかけているのはひとつの職業名で、思い描くビジョンじゃない。知らぬ間に抽象的なことを追い続けられなくなったことに気づいたら、すべてが恐くなった。よかれと勝手に想像した未来に、縛られてしまった。人生はあまりにも短くて、体はあまりにも脆い。

それはきっと世にいう「あきらめ」に片足を突っ込んだような感じで、あきらめっていうのは一度踏み入れると、慣れない田んぼのぬかるみに足を取られるように、動けないまま、あっという間に転んでしまう。でもそこは、混濁してぬるぬるしているけれど、黄金の稲穂が実る場所なのだ。田んぼに一度足を踏み入れたら、苗を植えるチャンスかもしれない。しばらく正体不明の泥にはまり込んで、そう思った。

「無理だ。」と思ったのは、自分のやり遂げたいことがぼんやりと思い浮かんで、だけどたぶんそれは私が生きているうちには不可能だよと要らない論理的計算力がボソっと呟いた瞬間だった。今の私の貧弱な計算式では、何度やっても結果は「不可能」だ。自分が何をしているかまったく分からないうちは、「いつかは、」とか「希望」、とか正体不明の力で走り続けられると思っていたのに、何かがすこしわかりかけたとき、それは確実な絶望のようなものに変わってしまう。自分と自分の描く自分の差。社会の現状と理想図の差。夢と理想の差。私はなぜユートピアに希望と絶望が同居しているのか、いや、むしろ希望することと絶望することがユートピアそのものであるのか、やっとこの身で理解したようだ。答える問いはひとつしかない。

例えば夢や、何かの理念が実現していなければ、それは存在しないのだろうか?もし夢が叶わなかったとしたら、その夢は消えてしまい、なかったことになるのか?

探しているものが見つからないのは、探しているものが無いからじゃない。そして、たぶん先祖代々人間が探しているものは、どこかにある正解じゃない。どこにも正解なんてない。どこにも真理なんてない。どこかにある何かを探しているわけじゃない。それははじめから、どこにもないものだから。それを承知で探し続けるということを、たぶん人は夢とか呼ぶんじゃないだろうか。絶望が希望の原動力になる。不可能が可能になる。たぶん私の人生の大半はまだ白紙のままだ。






























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| 未分類 | 23:42 | トラックバック:0コメント:1
草原だ

草原のほうから呼ぶ声がする
しばらく忘れていた、どうしようもない孤独
分かち合うことを許されていないもの
最期まで抱えていくしかないもの

地平線を駆けていく騎馬
はぐれた渡り鳥
あてどなく舞い散る花びら
暮れゆく空に千切れる雲
遠く音もなく燃え尽きる星

この世にあらわれ、きえていく
命の重さと軽さに耐える
生きる意味を紡いでいく
ひとつひとつ

世界は満ちていて
私はからっぽだ
たまたまこの美しい幻を
一瞬だけ生きることを許された
ひとりの
人間にすぎない

どこから来て
どこへ行くのか誰も知らない
この奇跡の行く末も
すべてがいったいどのようにして
あるのかも

ただ、ひとつひとつが
そう、たぶん、
ちいさなくしゃみをして
吹き渡る風にたださらわれていく



































| 未分類 | 21:36 | トラックバック:0コメント:0
近頃わるい夢ばかり見る。身に覚えのないカバンの中の銃が暴発する夢、(たぶん)ユダヤ人で映画館から強制的に連れ去られる夢、長いトンネルの中で包丁を持った殺人犯に追いかけられる夢― それが夢だということは、夢の中でもわかっているのに、夢から醒めてもなお「ああ、夢でよかった。」という安堵はおとずれない。それが夢で、現実ではないとわかっているのに。それはほんとうに悪夢だ。醒めているからこそ、悪夢なのかもしれない。それでも、幸い、人を殺す夢だけは見ない。

今では誰もが、出口のない閉塞感に我慢できず、特別な経験を欲しがる。現実はとっくに干上がって、傷口をすぐに乾燥させてしまう。けれども、血は決してワインに変わりなんてしない。平凡であることが幸せと同義でない時代。貧しさが罪である時代。神様が死んでからもうずいぶん経ったのに、その亡霊がうろうろしている。そして私は、神様のほんとうの名前を探している。それが果たして生き返らせるためなのか、それとも殺してしまうためなのかはまだわからないけれど。

心も体も常に緊張している。脆弱な組織はかろうじて生き延びる。歴史という言葉すら歴史になってしまって、それでも、未来に希望を保存しようとするのは馬鹿げたことだろうか。人間にはほとんど盲目的に信じて疑わない理念がある。それぞれに血肉化して生きている、信念とも呼ぶことができない、信念のようなもの。それはごく秘密に、彼の知らないところで育まれ、生涯決して手放されることなく、彼の存在がこの地球上から消えたあとも、きっと永遠に消えることがない。

私たちは過去を知ることによって現在をよりよく知る、ということはない。私たちは現在を知ることによって、むしろ過去をよりよく知る。































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☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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