<ECLIPSE>

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なぜ私は遠くへ行こうとしているのか。なぜ、ここにいてはいけないのか。そんな始まりのときすら、分からなくなってしまって、人というものはきっとなぜそうしたのかの一番はじめの理由なんて、いつの間にか忘れてしまうようにできているのだと思う。一体なぜ自分がここまでやって来たのか、そしてなぜどこかへ進もうとしているのか、そういうことがはっきり分からないからこそ、もがきながらも進んでいける。停滞しつつどこかへ進むエネルギーは失わずにいられる。小さい頃からずっと苦手なこと。それは履歴書を書くことと、志望動機欄を埋めることだ。なぜ?とその空白は問うけれど、準備されたまっとうな答えなんてひとつも見つからない。何かをしていることの理由なんて、いつも後付けなのだ。それは自己暗示みたいに繰り返していないとすぐに忘れてしまうようなもので、呪文のように唱えているうちにああそうだったんだと自分でも驚いてしまうような。志望動機欄は―本当はなんだかよく分からない自分といかに折り合いをつけられるかを試す空白だ。いろいろ生じる嘘や違和感に、どのくらい躊躇せずにうなずけるか。それは自分への否定と抵抗から生まれる、小さなちいさな肯定でもある。

どうでもいいこようなことに疲れて麻痺する感じ。それは本当は決して、たぶんどうでもいいことではないのだけど、どうでもいいようなこと。そういうことに歪められてしまう、押し潰されてしまうという感覚はいま薄れつつある。私は私でいていいのだし、けれど何か、それは途方もないあきらめのような感覚でもある。私が世界と呼んでいる場所はなんだか最近、どうでもいいようなことの連続で、大人たちの退屈しのぎの遊び場のように見えるのだ。みんな確信犯的に大人になっていく。わたしたちは前よりずっと遠くへいけるし、買いたいものを買えるし、ちょっとした快楽を追い求めたって誰が止めるわけじゃない。これが自由と呼ばれているものなのだろうか?私はなんだかとても曖昧な場所にいて、いろいろ戸惑い、それから少し、かなしくなる。

彼がどうして自殺をしたのかなんて、たぶん神様にも分からないだろう。一人の人間の死を、迷惑だよねとかバカだね、という言葉で受け流してしまう、それはとても恐ろしいことだ。もし私が死んでも、私の死はその一言で用済みなのだろうか。人には理由の分からない死を、というか死ぬということを上手く受け止められなくて受け流したい気持ちがある。そんな気弱さを許したくないとかそういうわけではないけれど、とりあえず言葉を急がずに、人の死を受け止めることがますます難しくなっているような気がする。人の死に際して、饒舌であることを強いられるような空気。寡黙であることを意気地無しのように見なす道徳。そんなの、いらない。





















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☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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