<ECLIPSE>

限界と可能性について身体から | main | 「夏の夜の夢」―
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ぬけがら
とても好きだったひとに、蝶を模ったネックレスをもらったことがある。クリスマス近くの寒い日で、冬の空気に飛び立つ季節外れの蝶は、正直私みたいだと思った。そのときはとても幸せで、もう独りでいなくていいんだと暖かい気持ちでいっぱいで・・・彼が似合うと言ってくれたその薄紫の蝶のように、空も飛べると思った。

ああ、今気が付いたけど、「好きだったひと」と過去形にしたのは無意識にも私は彼から離れたんだろう。これでいい。実際、恋愛と言っても恋と愛の違いは分からないけど、私はきっと彼に恋してはいたけれど、愛してはいなかったのだと思う。それはもしかしたら、自分が可愛いだけの自己満足的な恋愛であったのかもしれないし、一方では、自分への強い嫌悪を露呈させるような恋愛であったかも知れない。こうやって、自分の視点からしか見られないところがそもそも私の傲慢で冷たいところなんだろうな。

彼と私は似すぎていたから― 常に自分を見ているようで嫌だった。そんなことは言わなかったし、基本的に恋愛の駆け引きとか、男女の違いとか、相性の厳密な見極めとか、そういう話を真剣にしたいとは全然思わないし、お互いに妥協点を探るよりも、離れるほうが簡単だ。何かを止めるのはいつも簡単で、何かを続けるのはいつも難しい。次第に、彼に向ける言葉は無くなってしまい、いつも飲み込むような形でどんどん悪化した。それも、相性が悪かったと言えば簡単なこと。だけどきっと私は間違った反応をし続けていたんだと思う。女らしさに欠ける?冷たい?

「負けて勝つ、これが恋愛のコツです」小さいところでは折れて、実質は指導権を握る。これが女性へのいいアドバイスらしい。・・・と、ここで私は私の思考を書き出せなくなる。なぜか?それすら書けない。言えることは、とにかく私は愛し上手でも愛され上手でもなくて、だけどこれからも「恋愛」していいくんだろうということだけだ。夫婦はひとつのユニットで、きっと暖かくて、楽しくて、素晴らしいものなんだろうから。そういう可能性もある。けれども、私はきっとひとりでユニットになろうとしてきたから、「ふたり」の状態に対応できないだけだ。補完、完成体、ふたりで一人前― ああ、なんて不完全な幻想を築くために、人間は結びつくんだろう。誰かによりかかったり、よりかかられたり・・・こう話したら、母は「あなたはまだ若いからよ」と笑って言うだろうか。

プラトンの『饗宴』、たけどきっと分裂を免れた人間もいたはずだ。そういう人間は独りで生きて、最も深いところでは寄りかかる存在を必要としないために、― そう、もっと軽やかな安らぎを求める。重苦しくなく、悦楽の極みであるような強い喜びではなく、もっと振幅の小さい、積み重ねるような喜び。日常生活にいて、共に生きると決めたひとと楽しめるような時間と空間。そういうものを欲する。

というわけで、似たような人間がふたりいては息苦しいのだ。だけど先のことは何も分からないから、無理やり何か選んで決め付けることもない。何もかも、変わっていくのだから。彼との関係がこじれたときに、終わりにしようと思って(この白黒つけたがる性質は問題だなあ)あの蝶のネックレスをどこかにしまって、どこにしまったのか分からなくなってしまったときがあった。なんとなくそれが見つかったらもとに戻れるような気がして、探して、そして見つけた。でもたぶん、すでに抜け殻で・・・春になって、どこかに飛んでいってしまったあの蝶は二度と帰らない。今でもどこかであの綺麗な羽を動かしてる。冬の間眠っていた私の胸に、その抜け殻を残して。
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| 未分類 | 00:37 | トラックバック:0コメント:2
コメント
似た人か補う人か
やはり似た人を選ぶ可能性が高いと言うか
似た人を選んだ方が良い事が有りそうに思う。
全く同じ思考と嗜好はあり得ないので、
育った文化も違うから、似た人と言っても
部分的にしか過ぎない、しかも相手に同じ所を見るのは
相手の中に自分が見えているだけ。
本当に似ているかは疑問だ?
恋と愛は別のものだ、恋は枯れるが愛は枯れない。(多分)
夫婦は巡り会った自分だ。自分の姿を見る事になる。
それが素晴らしいかどうかは、お互いに自分の人生が素晴らしいかどうかで決まる気がします。
kumikoさんの舞台も、今から、始まりの始まり。

風は嫌いな人の名前を思い出せなくなる病に冒されてます。なぜか女の子の名前は忘れません。
2005.08.03 Wed 23:19 | URL | 風
風さん、コメントありがとうございます。
では私の名前は覚えていていただけますね 笑

風さんのおっしゃるとおり、「相手の中に自分が見えているだけ」だったんだと思います。言い換えれば、きっと自分だけしか見ていなかったんですよね。
似ているところを見るというのは、同時に違うところを見ているんだとも思えますが・・・

ただ、似ているひとを選べるのは、いろんな意味で自分のことが好きな人ではないかと思うんです。

でもよく考えてみると似ている、と補うの定義も難しいですね。補うというのは相手が持っていないものを埋めるということなんでしょうか。私には補い合うということが、よくわかりません。「人間は補い合う」というのはぴったりきても、誰か特定のひとと補い合うというのが分からない。
うーん・・・










2005.08.04 Thu 00:08 | URL | ☆-Kumiko
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☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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