<ECLIPSE>

タイトルなし | main | タイトルなし
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | --:-- |
水浸しになって、泥にまみれて、快感と恐怖をひとつに感じるような、そういう環境に私は私を置いていたい。浸されていく―すべてを置き去りにして、すべてを抱え込んだまま。

・・・・・

光と闇について。More light? Heart of Darkness?

ひとびとは闇に目を向けたがらない、という解釈はあらゆる意味においてだいたい事実だろう。つまり他人や自分の暗い部分、心の闇、世界の闇から目を背けようとする。または初めからその存在について知らない。前者の意味は、旧式だ。

始まりは前者より、そしてそれは明らかに変わりつつある。今、いやずっと前から、彼らは闇から目を背けてきたのではなく闇そのものを認識していないのではないか。ひとびとは光だけを求める。絶対的にも相対的にも判断できる隙間はぴったりと埋め尽くされ、闇は闇として存在することはできない。光は闇の対称として、闇は光の対称として。均衡はとっくに崩されているにもかかわらず、光は無条件に美しいのか?私は何か言いようのない欺瞞を感じる。闇に目を向けないということを不均衡として嘆くのみで、光への信仰に対して疑うものはいないのだから。

光を求めるひとびとよ。光の少ない土地に命を与えられたものたちよ。あなたたちが光を求めるのと同じような心で、私は闇を求めるのかもしれない。ひとは― 導かれる方向に「ある」ものを求めるのか?絶望的に「ない」ものだからこそ求め続けるのか?


求めるということは、耐えることと、待つことと、進むことと。胎児が閉ざされた子宮でたゆたう豊かな、そして厳しい時間を、命を包み込む闇を、私たちは自らが生じてきたところのものを容易く忘れてしまう。私たちが闇に属していられるのはほんの僅かな時間。あとは光の中に投げ出されている。この世はまぶしいものしか見えない。光の映し出す鮮やかな色や輪郭が、ひとつひとつを世界として切り離している。見える、ということのほうが、見えないことよりも恐ろしいのではないかと時々思う。



彼ははじめ夜の闇の訪れを怖れ、時がたつにつれて朝の来るのを怖れるようになった。

































スポンサーサイト
| 未分類 | 01:01 | トラックバック:0コメント:0
コメント
コメントする













管理者にだけ表示を許可する

この記事のトラックバックURL
http://espilce.blog17.fc2.com/tb.php/239-a347dc0b
トラックバック
| ホーム |

04 | 2017/05 | 06
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
PROFILE

☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



RECOMMEND
  • SELECTED ENTRIES
  • (12/07)
  • (11/19)
  • (07/19)
  • (06/23)
  • (05/27)
  • CATEGORIES
    ARCHIVES
    RECENT COMMENTS
  • TAKK (03/23)
  • TAKK (07/04)
  • kumy (06/09)
  • TAKK (06/08)
  • ash (02/14)
  • (01/01)
  • kumiko (12/07)
  • RECENT TRACKBACK
    LINKS
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。