<ECLIPSE>

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話―聞



・明け方、浅い眠りの中で体が震えるのを感じた。まただ。夢の中に現れたのは、なんだかよく分からないけど脅迫と恐怖に満ちた空白に追いかけられてる私。スタンダールが言った。

「魂がつまらないことに恥辱を感じ、それに打ち勝つのに専心するなら、快楽を感じることはできない。快楽はひとつの贅沢である。それを楽しむためには、安全感が必要であり、おびやかされてはならない。」

・孤独であることと、頑ななこと― たぶん、私はこれを履き違えている。誰に話しても解決しない内部の問題。どうやっても触れられず、自分ひとりで背負うことが定められているめいめいの運命。それと、誰にも何も打ち明けないこととはきっと関係がない。ただ聞いてくれるひとが欲しい、ただそばで泣かせてくれるひとが欲しいというのが、人間の正直な欲求ではないか?だとしたら、私は自分がそうではないからと言って、その弱さを人に押し付けて、人も自分も苦しめている大馬鹿者だ。

・どんな人の話も、真剣に丁寧に聞く。「聞く」ことこそコミュニケーションの要だから、私は人の話を聞こうと思った。エンデの『モモ』だ。何かもやもやしていて、相談したいひとは、解決策を求めてモモのところへやってくるのじゃない。誰かに命令して欲しくて話すのじゃない。「ただ聞いて」欲しい― 現代は皆聞いて欲しい症候群だ。このブログだってつまるところそうじゃない?アドバイスしてもらいたいときも確かにあるし、常にそういうひともいる。でもこの日常生活の憂鬱は― 「聞いてもらう」という単純なことで、健全な哲学に向かえるような気がする。

・ああ、きっと私が痛いのは、ただコミュニケーションを拒否されることにあるんじゃない。「お前の話は聞く気がない」っていう信号を読み取っているからなんだ。それでなんとか聞いてもらおうとして、難しい言葉で、一貫性のある話をする。一生懸命「考え」て、つじつまが合うように、退屈じゃないように、拒否されないように話す。そういう話をするのも、もっと他愛ない話をするのも、どちらも私なんだろうけど― 「余計なことはしすぎるほどいいよ」と、「無駄」をスローガンにしてた私はどこにいったんだろう。

・「本質的なこと」なんて、考えれば考えるほど本質的じゃなくなる。
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☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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