<ECLIPSE>

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愛とは何かを、もう一度考える。人間が愛するということは、どういうことなのか。それはどんな行動をともない、どんなふうに与えられ、どんなふうに受け取られるのか。それはどんなふうに私たち生身の人間をとり結び、何を生み出し、そして何を欠如させるのか。誰か(何か)を愛するとき、私は一体何者であるのか。例えば世界のどこかで死んでいく、その名も知らない誰かが、本当は誰なのか。それは私ではないのか。

愛という言葉のうちに何が可能なのだろう。それは極めて理性的なものであり、原因というよりは結果であり、抗い難い力を与えるものであり、境界をつくりなおすことで境界を無化するものである。それは時に自らの無力さに嘆き、苛立たせ、歓びを与え、永遠を願い、この世に生まれたことを呪い、この世に生まれたことを感謝する。それは、世界のあらゆる醜さと美しさの代名詞である。

誰のせいでもないことがある。しかし主体の欠如した悪の根源は、神でも悪魔でもない。もし私たちの細胞に「どうしようもないこと」が等しく共有されているとして、私たちは何をすることができるだろう。私は偶然に一つの名を与えられている流動体に過ぎず、根源的に、ありとあらゆる善悪に通じている。もし彼が殺したとして、だから私が彼を殺すのか。私たちは何を憎み、何を消し去りたいのだろう。そしてまた、私たちは何を愛するのだろう。愛ということによってどんな状態を望んでいるのだろう。

愛するものが、この世界に「ある」ということ。愛するものの理解不可能性。憎みながら愛し、苛立ちながら惹きつけられ、拒否しながら受け入れ、一秒一秒矛盾に耐えながら生きること。






































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PROFILE

☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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