<ECLIPSE>

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学ぶことと、自分を虚飾していくことの区別が、たまにつかなくなる。ほんの些細な違和感。はっきりと説明もできないような気持ち悪さ。一体何が私を苛立たせているのか、それが分からなくてますます苛立つ悪循環だ。たぶんすべてがうまくいっている。たぶん、不満に思うことなんて何もないはずだ。それなのにどうして、目の前にあることに集中できないんだろう。やるべきことはやってるし、たぶんたくさんの可能性を開いてる。いや、本当はやるべきことをやっていなくて、いくつもの扉を閉じているからこんなふうに感じるのだろうか。2009年の日記には、まだたくさん空白の日がある。でも将来とか、未来なんて言葉の響きが、私に何も与えない。どうしてだろう?

打ち明けることとか、「喜びや悲しみを分かち合う」とか、家族の大切さとか、絆とか、そういう言葉の意味が分かってきたはずの今でも、たぶん私には、やはり一人で考え続けなければいけないクエスチョンがあるんだろう。楽しい毎日を過ごしていたって、どうしても忘れ去られることのない感覚とか、息苦しさ、閉塞感、何かに騙されて生きているような錯覚とか。私はまだ、ここから私を連れ出してくれるような何かを探している。そんなものはあるはずがないと、分かっていても。現実は、目の前のものへの凝視を強制する。世界はどうしたって私が知っているより美しくも、醜くもある。これからずっと生きていくためには、期待と計画のかわりに、何かをあきらめなくてはならないような気がする。それは明日を気にしない今かもしれないし、不安定な心情かもしれないし、見て見ぬふりとか、言い訳かもしれない。

今まではもったいないとか、出し惜しみなんてことすら考えることのなかったものを失うのが、急に恐くなってくる。絶対に変わることのないものだと思っていたものが、変わっていくんだという自分の心づもりに、驚きつつ少しそれを憎む。変わることは悪いことじゃないはずだ。むしろそれは日々何かに向かって成長している証拠だ。そうは思っていても、人間の普遍と作り話の区別はつかない。私たちが自然と呼んでいるものの正体って何なのだろう。個性とか、自発性とか、生まれつきとか、当たり前とか。世の中には、逆らえる法則と逆らえない法則がある。変えられるものと、変えられないものがある。変えようとしても変えられないものと、変えようとしなくても変わってしまうものがある。















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☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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