<ECLIPSE>

その線を踏み越える | main | タイトルなし
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まっすぐに



― 「私の大部分はひどく歪んでいて、もう直すことはできないんだ。」そう思っていた時期があった。悲惨なほどに損なわれてしまったもの、世間という名の魔物に喰われた、残骸のような心と体しか私には与えられていないと感じていた頃。つまり世間の面倒なルールやら、習慣、つまらないニセモノのやりとり、そういうすべての醜いものにいずれは染まっていくだろうという恐ろしい予感は、私を絶望に陥れた。それはもうずっと前のこと。他にも色々なプレッシャーはあった。様々な人間関係、勉強のこと、将来のこと。けれどそんなことなんか及びもつかないほどに、私は見えない強制力に怯えていた。だから、不謹慎だけど、Kがいなくなってしまったときは彼を羨ましいとさえ思った。優しい声と包み込むような光を持った彼はある意味私のヒーローで、自分だけ少しも汚れないまま、行ってしまったのだから。生きていれば避けて通ることのできない苦痛や、人間の醜さ、汚さを経験することなく・・・。

そう、私は人間のことを考えては、常に恐ろしい予感に襲われた。もちろん日常生活の中で、特定の行為やそれらが含んでいるものにストレートに嫌悪感と憎しみを感じていたこともあった。けれど今考えてみれば、私はそういう細々したことよりも、自分が連綿と続いてきた人間の営みに組み込まれ、無限の糸に絡め取られて溺れていくことに― 歪曲を ―怖れていたのだ。人と人とは決して分かり合えないのだと思った。信じることほど人間にとって難しいことはないと思った。男女間のやりとり、その甘さと快楽に疑問を持ち、ひいては自分が子供を生むことは考えもつかなかった。いや、こどもを産みたくないと強く思い、私にそういうことが起こらないように願った。一夫一妻制?だいたい夫婦という結びつきは私にとって虚偽でしかなく、将来設計とか家族計画とか、そういう話題に吐き気がした。私は誰のものにもならない。私は誰も所有したくない。

私は全てを疑った。友情、義理、家族、愛、将来、勇気、光―
そして自分。生きているということ。「私は本当に生きているのだろうか?」何万回も・・・本当に数え切れないほどのクエスチョン。「いつもひとり」この言葉も体に染み付いた。何にも屈したくない、噛み付くような態度は、きっと自分が歪められることを極度に恐れていたからだった。何せそのとき私は―自分を守る術を知らなかったのだから。分かっているのは、選択肢はすべて私が握っていて、選べないのは不自由だけだということ。私はつねに生きようとしていること。そしていずれは、何もかもが消え去ること。

宇宙が、私の中には限りない宇宙が広がっていた。どこから発生して、どこへ行くのかもわからない。身体はいろいろなものから、世界と同じものが混ざり合って作られている。すべてが備わっている。何一つ欠いてはいない。素晴らしく完成している小宇宙。最後にはその中に飲み込まれてひっそりと消え去っていくのだと信じた。こころはとても静かで果てしなく― 私自身、それがどこまで広がっているのか知らない ―私はしばしばこの世から消えてしまいたいと思った。それは自殺というよりは、風や空気、土や水、そして光の中に、私が生まれてきたところのものに戻りたいという願いだった。それは半ば祈りに近く、そこでは永遠の静寂と平安が得られることを知っていたからだ。

「アル」と「ナイ」の境界線で、水や闇や、そういうものに親しむときだけ私は安心していられた。世界が目をつむり、私も目をつむる。夜な夜な何をしていたかといえば、私が出てくるのを待っていたのだ。今でも何かに「まみれて」いると安心できる。土、日差し、食物、水、体温、そういうもの。それらは私を世界に繋げて、戻してくれるので。



旅に出て、帰ってきて、ぐるぐると何度も私は私を巡り、何年も経った。あまりに遠くに出かけて迷子になったこともあった。でも私の心が告げたのは「神さま、人生ってけっこう楽しいです。」 笑 これ。

ここまでの道のりをすべて説明しろと言われても、長すぎて覚えていないし、説明したくもない。それにみんなそれぞれ違う道を歩いているので、私は私の道を行くだけで、それを誰かに教えてあげることはできないのだ。と何度も実感しているから。時にどこからきたのか訪ねてくれる物好きな人や、私の旅路が少し誰かのと交差したり、平行したり・・・つまり触れ合う機会があるわけだけれども、私は結局、いつもひとりでまた歩き出すのだ。そしてそれを楽しく、快く思う。私の道は私にしか歩けない。それは一種の誇りであり、自信であると思う。

お互いに寄りかかり合って生きていく人たち、そういう人たちを見て批判しようとかいう気持ちは起こらない。それはそれでいい。ただ、私にはそういう道は選べないし選びたくない、それだけのことなのだ。だから時々弱気になることはあっても、人に何を言われても、自信を著しく失っても、私は繰り返しこの道の上に戻る。まるで犬のように匂いをかぎつけて。

そして歩く。ときには走り、ときには止まる。私はいつまでもたくましく、強く、潔くありたいと思う。




・・・良く分からなくなったので終わります 笑。以上。
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| 未分類 | 22:11 | トラックバック:0コメント:2
コメント
はじめまして
こんばんは。

自分一人だけで生きていこうと思えるほど強くない僕は、人の目を気にしながら生きてる気がします。そういう意味で、久美子さんの強さは、尊敬に値すると思います。

でも、強さが単純に強さに見えないような気がして、少しだけ寂しいな、って思いますよ。
相手を拘束する繋がりではなく、相手と協力することで、お互いがお互いを高めることができるような関係を創ることができれば、難しいですけど、いいのかな、なんて。

ただ、信じることが難しい、って部分は心から共感します。
信じているつもりでも、どこかに裏切られた時のことを考えてしまう自分がいます。

なんだかまとまりの無いコメントでごめんなさい。
2005.09.09 Fri 23:53 | URL | bewolf
bewolf さん、こんばんは

強さが単純に強さに見えないというのは、私の弱さです。
(なんだか当たり前な言い回しですが 笑)
自分一人だけで生きていこうと思えるか思えないかは強さの基準にはならなくて、実際にそうやって生きているのかそうでないのかが重要ですよね。
だから、私はとても弱いのかも知れません・・・

私も、拘束や束縛ではなく、お互いに良いほうにいけるような関係はとてもいいと思います。

裏切られることを恐れてこころが固くなってしまうのが嫌なので、私は信じることにしています。何かを疑うくらいなら、どこまでも信じて、たとえ裏切られても信じ続けるほうがいいと思って。

なんだかまとまりのないコメントでごめんなさい 笑

思ったこと、感じたこと
落書きみたいに書きこんでください。
私自身まとまってない人間なので、そのほうが嬉しいです。



2005.09.10 Sat 22:35 | URL | くみこ
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☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



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