<ECLIPSE>

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | --:-- |
学ぶことと、自分を虚飾していくことの区別が、たまにつかなくなる。ほんの些細な違和感。はっきりと説明もできないような気持ち悪さ。一体何が私を苛立たせているのか、それが分からなくてますます苛立つ悪循環だ。たぶんすべてがうまくいっている。たぶん、不満に思うことなんて何もないはずだ。それなのにどうして、目の前にあることに集中できないんだろう。やるべきことはやってるし、たぶんたくさんの可能性を開いてる。いや、本当はやるべきことをやっていなくて、いくつもの扉を閉じているからこんなふうに感じるのだろうか。2009年の日記には、まだたくさん空白の日がある。でも将来とか、未来なんて言葉の響きが、私に何も与えない。どうしてだろう?

打ち明けることとか、「喜びや悲しみを分かち合う」とか、家族の大切さとか、絆とか、そういう言葉の意味が分かってきたはずの今でも、たぶん私には、やはり一人で考え続けなければいけないクエスチョンがあるんだろう。楽しい毎日を過ごしていたって、どうしても忘れ去られることのない感覚とか、息苦しさ、閉塞感、何かに騙されて生きているような錯覚とか。私はまだ、ここから私を連れ出してくれるような何かを探している。そんなものはあるはずがないと、分かっていても。現実は、目の前のものへの凝視を強制する。世界はどうしたって私が知っているより美しくも、醜くもある。これからずっと生きていくためには、期待と計画のかわりに、何かをあきらめなくてはならないような気がする。それは明日を気にしない今かもしれないし、不安定な心情かもしれないし、見て見ぬふりとか、言い訳かもしれない。

今まではもったいないとか、出し惜しみなんてことすら考えることのなかったものを失うのが、急に恐くなってくる。絶対に変わることのないものだと思っていたものが、変わっていくんだという自分の心づもりに、驚きつつ少しそれを憎む。変わることは悪いことじゃないはずだ。むしろそれは日々何かに向かって成長している証拠だ。そうは思っていても、人間の普遍と作り話の区別はつかない。私たちが自然と呼んでいるものの正体って何なのだろう。個性とか、自発性とか、生まれつきとか、当たり前とか。世の中には、逆らえる法則と逆らえない法則がある。変えられるものと、変えられないものがある。変えようとしても変えられないものと、変えようとしなくても変わってしまうものがある。















| 未分類 | 06:13 | トラックバック:0コメント:0
停滞。ひざを抱えてうずくまるとより感傷的な気分が増すような気も、癒されていくような気もするから不思議だ。誰も私に強さなど期待していない。許せないことだってたくさんある。乗り越えられないまま引きずってきたことも。いつも何かで紛らわそうとしていることも。傷なんてひとつもないけれど、体が重たくて仕方ないから頭の中を音楽でいっぱいにしてみる。小さなサインが、大きな波になる。何万通りもあるはずの解釈の中で、なぜたったひとつにしか辿り着くことができないのだろうか。きっと明日にはまったく違う世界もあるだろうに。わたしは私ののろまさを、それはそれは中途半端に憎む。どうしても触れることのできない、ラビリンスの中心に咲く花。羽のついたカンガルーとピンクのサイが、守っている不可能な迷路。















| 未分類 | 08:12 | トラックバック:0コメント:0
ぜんぶ、嘘だった。
愛されなくても生きていけると思っていたことも、
つまらない会話なんて時間の無駄でしかないと思ったことも、
消えてなくなってしまいたいと思ったことも、
孤独であれば強くいられると、信じていたことも。

嘘のない人生なんてない。
たぶん誰もが多かれ少なかれ、自分にも自分以外の誰かにも何かを偽って生きている。
それは脆い自分を隠すためかも知れないし、
自分以外の誰かを信じられないからかも知れないし、
あるいは世界にあることの可能性を、
肌で感じることができないからかも知れない。

世界には未だかつて何も起こっていないかのようなフラットがあり、
もはや何もかもが過剰に起こってしまっているシャープがある。

本当に気がつかないうちに、私たちは
多くのことをすでにあきらめてしまうのかも知れない。
負け始めていた。勝ち負けの問題で割り切れないことでも、
少なくとも私は負け始めていた。
精一杯やればいい、大切なのは結果よりも過程だと
そんな言葉に甘えて。

「大切なのは結果よりも過程だ」
それは結果の後にはじめて言えること。
はじめからセーフティネットを張れば、必ず落ちる。
心のどこかで落ちる準備をしてしまう。

「一番にならなくてもいい」
一番を目指してなれなかったら、
できることはすべてやってもし本当に無理なのだったら、
その時わたしはその言葉を掘り出そう。
それまで守りの言葉は、忘れる。

それはいつか本当になるかも知れないけれど、
今はまだ嘘なのだ。

嘘つきな言葉で私と世界を歪めてしまわないように。




















| 未分類 | 10:13 | トラックバック:0コメント:0
彼は海に抱かれているらしい。波をともなって。「世間の荒波にはうまく乗れなかったけれど。」と彼は言った。たぶん少しだけ、私の声を思い出しながら、冷たい風に目を細めるんだろう。私の声と私の残したしわくちゃのすべては、今も変わっていませんか。私は今も変わらずに、やっぱり変わらずに、愛しているのだろうか。私は何に背中を押されてここまで来たのだろう。生きていることの過剰。どうしようと噛みしめ切れないような、まるで消化なんかできないような、生きていることの強さ。貫くような光を放つ、重々しくて耐えきれないような、生きていることの強度。ひとつひとつの、震えるような強烈さ。それから逃げるようにして、実はそれを貪るように追っていた。

自分が誰だか分らなくなるときがよくある。私はいったい誰で、どこにいるのか。何をしているのかははっきりと分かるのに。とても自分勝手かも知れないけど、たぶん私は、永遠に変わらないはずのわたしを覚えていてくれる人が必要なのだ。道端に小さく咲く優しい忘れな草を、わたしのために指さしてくれるような人。彼が愛する私という人間が、どんなふうであるのかを、あたかもすでにそこにあったかのように、思い出させてくれるひと。私がわたしとして、過去にも未来にもとらわれずに、このからだを痙攣させる強さと向き合い、そしてそれを生きぬくことを許してくれるひと。私のちじこまった背中を撫でるのじゃなくて、涙を拭うのでもなくて、毎日、毎秒毎秒を耐えるように生きているこのどうしようもない震えを愛してくれるひと。殺すものも生かすものも私だった。私が何かだというのじゃなくて、この震えが私だった。それが、どうしようもないわたしだった。























| 未分類 | 11:28 | トラックバック:0コメント:0
最高の瞬間をつかまえたい。私とあなたの描く軌跡がキラキラと光の尾をひくように。トレースは軽やかに風に吹き飛ばされてしまうけれど、つねに動いている私たちの尾びれが残像のように、眩しく輝きつづけるように。根拠のない思い込みに絶望するより、与えられたものにもっとも祝福されて生きるように。私たちは痛いほどここにあり、さまざまな化学反応を日々見つめている。すべて私たちの間で起こるもの。それはたしかに連鎖していくもの。そして私たちが変えていくことのできるもの。不完全でいびつなショートフィルムを作り上げるように。私たちの震えと激しさが積み重なっていけばいい。痛みも喜びもすべて私たちの体にいま現実に起こっていること。そのひとつひとつが小さな光の粒になって風に揺らめいていく。さわやかに。



























| 未分類 | 07:08 | トラックバック:0コメント:0
前ページ | ホーム | 次ページ

10 | 2017/11 | 12
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
PROFILE

☆
☆Author: 久美子
生まれ変わるなら、星か鳥になりたいと思う。
地上に「愛」が存在するならば、すべてを愛し、すべてに愛されたい。
命の灯をともして、日食の闇に、うごめく。



RECOMMEND
  • SELECTED ENTRIES
  • (12/07)
  • (11/19)
  • (07/19)
  • (06/23)
  • (05/27)
  • CATEGORIES
    ARCHIVES
    RECENT COMMENTS
  • TAKK (03/23)
  • TAKK (07/04)
  • kumy (06/09)
  • TAKK (06/08)
  • ash (02/14)
  • (01/01)
  • kumiko (12/07)
  • RECENT TRACKBACK
    LINKS
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。